20150726-01


まず、言っておく。

僕は緑が好きだ。
僕は緑が好きだ。
僕は緑が好きだ。

「緑」という名前の女の子が好き、という意味ではない。
つ~か、「緑」っつう女なんて、「ノルウェーの森」の(僕の一番好きな)登場人物か「うつみ 宮土理」くらいしか知らない。

そうじゃない。

ソースコードを見る時。
緑色にハイライトされた箇所があると安心する。瞬間的だが。
僕が緑色に設定しているのは、コメントである。
ほとんどの場合、コメントはソースコードを読む上での言わば補足である。
処理を理解するうえで、コメントがあるということは僕にとってこの上なく「安心」なのだ。
そして、僕にとって緑色は「癒し」の色だ。

「安心」と「癒し」。

心の平穏を保ちながら、ソースコードを読む。
そうなれば、最高だ。

だが。
そうはいかない。
世の中、そうは問屋が卸さない。

ケース1

ソースコードに対して、コメントがあまり意味を成していない。
コメント無くても意味分かる。
これは、まあ良い。

ケース2

ソースコードに対して、コメントが足りない。
この「if xxxx_cd == "2"」の"2"って、何を表しているんだーっ?
残念だ。仕様書を見るしかない。

ケース3

ソースコードに対して、コメントが間違っている。
ソースコードとコメント、どっちが正しいんだーっ?
非常に残念だし不安だ。仕様書を一応見る。
が、ソースコードともコメントとも違っていたらどうしよう?
ソースコード、コメントのどちらかと合っていたとして、それがメンテされていなかったら。。。
不安だ。

ケース4

ソースコードに対して、コメントの内容が明らかに関係ない!
「今日は暑いなあ」とか!日記か!
つ~か、「僕には実装無理!誰か頼む!」とか!このソース、リリースされてないよな?!大丈夫だよな?!
つ~か、これ書いたヤツ、出て来い!

といった感じで、僕の会社の人たちが書いたソースコードを読む時、「心の平穏」とは無縁だ。



さて、季節は夏。
前の記事から1年以上も経ってしまった。

夏は体の調子が良い。
というわけで、久々に記事を書いていこうと思う。

次回は、眠っているノートPCをどのように活用していくか、みたいなことを書くつもりだ。
多分。